第6章 次男誕生と子育て

昭和53年12月27日 次男が退院して

 長男が産まれた時は、私は入院から退院まで付き添う時間が長かったが、次男が産まれた時はほとんど係わる事ができなかった。

 労働組合の役員に返り咲いた年で、義母から入院の連絡を受け、次男が産まれそうだと知ったのである。義母が来てくれていたから、何とか対処できたが、妻一人では、非常に危険極まりない状況にあったとも考えられる。

 妻がお産を察知して、母親に来てもらったのかは記憶にないが、もしそうだとしたら、私の多忙さへの気遣いをしながら、賢い選択をしたと言える。同時に、私自身の無責任さに、いささか腹が立ってくる。

 長男の時は、妻の実家で出産を迎え、私も入院から出産まで付き添う事ができたが、次男の時は大宮で出産、ほとんど付き添う事ができなかった。妻に申し訳ないことをしたと、後悔が尽きない。

 第二子だと、お産は産道ができていることから、初産より大分軽いと言われており、お産に立ち会えなかったので安易な事は言えないが、妻から苦しかったとは聞かされなかった。

 組合の役員は五年間続き、長男と比べ、次男に対しては面倒を見る時間は大分短かった。負い目があったので、次男には、甘やかす傾向にあったかもしれない。

 出産のみならず、組合の役員に着いた事で、家庭生活に大きな影響を及ぼし、私は、次男が幼い頃はほとんど手をかけてやる事が出来ず、長男に対しても同様で、長男は、弟に対する焼もちと相俟って、情緒不安定にさせた事も確かである。

 昭和53年12月27日 産院にて撮影

 自宅に帰って

 昭和54年1月2日 お正月を迎えて

 1月23日 次男のお宮参り

 お宮参りから帰って

 4月1日 自宅にて

 5月23日 上野動物園にて

 6月10日 自宅にて日光浴

 6月20〜22日 福島飯坂温泉旅行 東北自動車道サービスエリアにて

 12月19日 靖宏お誕生会を二日早めて行う